授業中に教師が発する指導のための言葉を「指導言」といいます。
「指導言」について非常にわかりやすく整理したのが大西忠治氏です。
(『発問上達法−授業つくり上達法PART2』民衆社 (1988))
シリーズ・教育技術セミナー 2 (2) 発問上達法−授業つくり上達法PART2−
- 作者: 大西忠治
- 出版社/メーカー: 民衆社
- 発売日: 1988/04
- メディア: 単行本
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「指導言」の内容について「発問」「説明」「指示」に分類されました。
「説明」「発問」「指示」のそれぞれについて、はっきりと区別することが授業つくりの上達において必要なのである
と述べられています。
このように見てみると、今まで誤解されてきた社会科のあり方について説明できそうです。
社会科授業はよく「暗記教科」だと言われてきました。それは、教師の「説明」が多すぎたからではないでしょうか。
「活動あって学びなし」の社会科はどうでしょうか。そうです。それは「指示」のみになっていたのでしょう。「調べてポスターにまとめなさい」「模造紙にまとめなさい」等がそれにあたります。
しかし逆に、指示がなければ子どもは困惑します。
「このことについて考えてみましょう」
考えて、「どうするのか」。考えた後の指示がありません。書くのか、隣と話し合うのか、発表するのか…。明確な指示がなければ子どもは動きません。「発問」と「指示」をセットで行うようにすることで、子どもの迷いもなくなります。支援のいる子にとってもわかりやすくなるでしょう。
「授業は発問が命!」とよく言われます。確かにそうかもしれません。しかし、発問ばかりしていても、子どもは混乱するばかりです。
つまり、指導言の性質を理解し、それぞれのバランスを考えて使用することが大切なのです。それぞれが効果的に機能するように授業の中に仕組むのです。
さて、自分自身はどうなのか。自分の授業を記録して文字に起こしてみると一目瞭然です。
「発問」を多用しすぎて子どもが混乱していないだろうか。
「説明」ばかりで子どもが考える時間がなくなっていないか。
「指示」がないので子どもの動きが鈍いのではないか。
等、様々なことが考えられます。
文字起こしまでしなくても、意識するだけで感覚的に自分の「癖」というものが浮かび上がります。
本年度の終りを迎えた今、新年度に向けて一度確認してもよいのではないでしょうか。