社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

668 歴史教育法

ぼちぼち歴史学習に入ろうとしているので、歴史系の書籍によく目を通しています。

f:id:yohhoi:20210620211549j:plainこちらは和歌森太郎著の社会科歴史教育の先駆的理論書です。

氏は、社会科の目的を究極的には、

「かしこく正しい選挙民となるにはどうすればよいか」という「大きな問題解決学習」だと位置づけています。

そのために、社会科は社会と個人との関わりを機能面から学習(第一過程)し、

社会の問題点およびその発見の仕方、解決の仕方を歴史的条件、地理的条件から考察(第二過程)し、

最後に、望ましい政治家を世に送り出す条件などを学習する(第三過程)という3つの過程を包み込むものではならないとしています。

歴史学習は、この第二過程を受け持つ中でこそ、その存在意義を有すると指摘しています。

氏は、このような立場からの歴史教育に不可欠なものとして「史心」の育成を挙げました。

1954年の書籍ですが、学ぶべきことは多いです。

 

「史心」とは柳田國男の造語。

「史心という言葉はいろいろの内容をもつが、かんじんなところは、社会は動いていくものであるということの確信をもつような心である。その基礎には、今は昔と違っているということ、昔から今の間には、変遷なり発達、進歩があって現実を昔と変えてきているが、それと同時にこれからも変えていくことができるものであるという確信をもつことが史心である」『社会科教育法』p38-39より

666 「個」を見る

「本当に「個」の成長を見ることができているのか」ということを自問自答します。

自分の実践で弱いところは「徹底的に個を見る」ということです。

個を見るために1人ひとりの記録はとっています。

しかし、「徹底的に」というと自信がありません。

「ひとりに着目することは、その子との関係において他をもみること」

と上田薫氏(1988)は『学力と授業』の中で述べています。

今一度、「徹底的に個を見る」ことで、授業における子どもの思考の流れや一人ひとりの子どもの認識の変化、関係性の理解を客観的に把握していく必要があります。

客観的に把握するには、記録をとり続けることしかありません。

665 「間」をとること

1 授業内の「間」

 授業の中での「間」を大切にしています。

子どもが発言した言葉を受け止めた後に一呼吸置く瞬間や、教師が発問や説明をした後に一呼吸置く瞬間です。

子どもたちは「間」があることで自分の問題として捉えたり、じっくり思考したりすることができます。

子どもの豊かな発言やつぶやきは、この「間」があるときに生まれます。

「間」のない授業では、子どもは息継ぎできず、無機質な発言が多くなります。

 

2 授業外での「間」

 「子どもが育つのは、授業の中で育つのではなく、授業と授業の間で育つ」 

とは、『しなやかな授業』の中にある山田勉氏(1989)の言葉です。

ここで言う「間」とは、

「本時の授業と次の授業までの間に生じる時間のこと」

です。

子どもが自ら追究したり、さらに深く考えたりするには、この「間」が非常に重要です。

子どもたちがこの「間」を意識し生かすためにも、

 

〇授業内容は子どもたちの「問い」が生まれるようにすること

〇授業内で解決することと、授業内で解決できないことを明確に分けること

 

を意識しています。

授業内ですべてスッキリとさせてしまわずに、子どもに「もやっとしたもの」を残しておきます。

この「もやっとしたもの」が残るからこそ、子どもたちはまた追究しようとします。

664 子どものつぶやきが聞こえる

「子どものつぶやきが聞こえる、それは小学校一級普通免許よりも、もっと大切な免許状なのだ」
 
(東井義雄『村を育てる学力』より)

663 継承

『子どもとかかわる教育』
 
『学級革命』小西健二郎氏の教え子である玉田勝郎の著書です。
こういうの、何か素敵です。

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東井義雄の『村を育てる学力』についても章を立てて論じられています。
 

662 教師の原像、教師の原点

『学級革命』小西健二郎

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戦後の混沌と激動を包みこんだ10年。

小西健二郎氏が20代の頃の実践。

当時の子どもたちの綴った文章と共にありのままを記述しています。

ホンモノの「実践」とはこういうことだと知らしめられます。

一人ひとりの子を誠実に深く愛す。

教師という仕事の価値を再確認できます。

 

一読をおすすめします。

 

661 なぜ授業研究が必要なのか

ぜ授業研究が必要なのか

 授業研究の目的は、授業の中で新たな子どもの思考や活動を発見することです。

一言で言え ば、「子ども理解」です。

子どもを新たな視点で捉え直す行為こそが、授業研究の本質であると 考えられます。


「進みつつある教師のみ人を教うる権利あり」

 

ドイツの教育学者ジステルエッヒの言葉です。

「現状維持は退化」という言葉があります。

厳しい言葉ではありますが、我々教師が進んで伸びようとする姿に子どもは感化されます。

教師は子ども たちの感化者であるべきです。

そのために、歩みを続けなければいけません。

 

『学校における授業研究』(1980)には、

学校全体による授業研究は、教師一人で行う場合に陥りやすい研究視野の狭さや反省・検討などが主観に偏るなどの問題点を排除して、多くの教師による協力や多様な意見の交換が得られるなど、一人で行う研究の総和以上の効果が期 待できる。

と記されています。

研究を深め豊かなものにするには、共に歩み関わり合いながら研究を続けられる仲間が必要だと考えています。

660 概念型単元

知識を構造的に捉えて、それをフレームの中でどのように機能させていくのかを明確にしていくヒントがもらえます。
概念型単元を設計するためのステップが興味深く、今の自分の単元づくりにちょっとメスを入れられそうな感じがします。
時間をかけてじっくり読み込みたい一冊です。
 

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659 研究授業

昨日、研究授業をさせていただきました。
6年生の政治単元。
新型コロナ感染症を教材に扱いました。
 
「よかった」と思える授業をしたことはただの一度もありませんが、授業させていただけて「よかった」と毎回思います。
 
子どもたちは、とってもがんばりました(^_^)