社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

問い

1982 脱即時性

嶋野道弘(1996) は、「発問の真義は一見遠回りに見える方法をとりながら、子供に思考の場や正しく判断する機会を与え、自発的態度を育てようとするところにある」と述べます。子どもの自発的態度を育てるというところに重点を置いていました。 また、嶋野…

1970 ゆさぶりよりもゆり動かす

1960年代ごろから「ゆさぶり」発問が取り上げられるようになり、ゆさぶり発問というテーマで国語、算数、社会、理科の4教科で発問研究がまとめられました。「ゆさぶり」発問は、機械的に扱うものではなく、授業観や指導技術観、子ども観など、「観」の問題…

1954 「発問」を遡る

僕が持っている資料の中で、問いに体系的に答えている最も古い記録は、1897年に谷本富が書いた『教育学講義速記録』だと認識しています。「1問答の種類」「2問答の形」「3良発問に必要な条件」「4発問の心得」「5答えについて」「6教師の態度」という…

1486 「なぜ?」と「どのように?」

確実なデータに基づいて、様々な「納得の構造」について日本とアメリカを比較しながら著された良書です。 「なぜ?」と「どのように?」について、本書の第5章の歴史教育における日本とアメリカの比較の所に具体的に記されています。 「アメリカでは原因の…

1465 「助言」とは

大西は「発問」「指示」「説明」という3つの指導言のほか、「助言」を重要視していました。「『助言』こそ授業づくりのカギである」[1]と述べます。大西は「助言」の役割として2つ提示します。 1 解答のためのヒントをあたえる。 2 子どもの思考の方向を…

1463 発問の歴史を概観する⑤

◼️発問研究の進歩 1970年代以降、日本の教育界では発問に関する研究が活発化し、特にその類型、方法論、構造に注目が集まりました。この時期の教授学の発展は発問論に大きく貢献し、発問の分類や作成方法、基本原理の点で重要な成果を生み出しました。 宮坂…

1462 発問の歴史を概観する⑤

(6)戦後の日本教育◼️新教育の流行と衰退 1945年9月、第二次世界大戦が終わった直後に、文部省は「新日本建設の教育方針」を発表しました。これは、民主的で文化的な国家の構築に必要とされる教育の基本的な指針を示したものであり、戦後の教育改革のスタ…

1461 発問の歴史を概観する④

(5)大正自由教育期の児童中心主義◼️児童中心主義 大正時代の日本は、教育における自由主義の精神が息づいており、子どもの自発性や個性を尊重する動きが教育界において顕著でした。この児童中心主義の流れは、子ども自身の内面や興味を学習の出発点とし、…

1460 発問の歴史を概観する③

(4)新教育の影響 明治30年代は、授業の実践や理論においても、20年代とはくらべものにならないほど活発な議論が展開されました。明治以来の硬直化した教授を批判したのが、新教育の系譜でした。[1] ◼️学習者主体へ たとえば樋口勘次郎(1899 明治32年)『…

1459 発問の歴史を概観する②

(3)明治の近代学校制度 日本の教育界に「発問」という用語が登場してくるのは、明治20年代になってからでした。学制発布から順にみていきましょう。 ◼️開発主義教授法 1872(明治5)年の学制の発布により、日本の近代学校制度がはじまりました。その頃は、…

1458 発問の歴史を概観する①

2023年12月31日現在、グーグルスカラーにて「発問」と検索すると、約 15,400 件ヒットします。これだけ多くの研究がされ、注目度の高いワードとなっています。 そもそも、発問とはいつから使われ、いつから研究されるようになったのか、まずはその起源を辿っ…

1452 内から発動する問い

長岡文雄(1986)は、次のように述べます。 私は、先に、「技術化」を瑣末のことのように記した。しかし、教育は技術なしでは動かない。発問技術も板書技術も必要である。技術は習得しなければならない。けれども、人間の根源に培うところの、個を育てる発問…

1450 発問観

この2冊は日本の発問観の変革に確実に影響を与えた書です。 発問を教授と学習を統一する媒介としてとらえる本格的な発問論として登場したのが、1899(明治32)年に育成会により編纂された『発問法』です。『発問法』は、教師が教えたいものをいかにして子ども…

1396 有名実践の実像

有田和正の有名なバスの運転手やポストの授業が、よく取り上げられる発問レベルではなく、指導案、単元、そして詳細な授業記録レベルで記されている、必須の一冊です。

1390 子どもの発言と教師の発問

これらはセットで考えるとよい。

1389 代理発問

子どもたちが「問い」をつくり出し、自問するのは簡単にできることではありません。 豊田久亀(1988)は、 「教師の発問は、彼らがまだ問う力をもっていないために、彼らの発問を代行する『代理発問』である。発問は子どもが自分で問えるようになることをめ…

1377 復刊!『思考し問答する学習集団』

復刊されたこの一冊、拙著を書く際にもこんな感じで大いに参考、引用させていただきました(^_^) なぜか今手元にないので、届いて再読するのが楽しみです〜♪この機会にみなさんどうぞ。よいものよい文化はみんなで広めていきましょう〜♪注文受付は10日間で…

1369 重版御礼!5刷

増刷(5刷)となりました。皆様のおかげです(^_^)使っていただいた方々に、色々とお声を聞かせていただいています。本当にありがとうございます!発問の分類パターンを機械的に並べているだけでなく、その発問の意味や効果、文脈や背景等も記していますので…

1352 発問づくりの発想

僕の好きな書籍の中に、藤岡信勝『授業づくりの発想』(1989)教材づくりの発想』(1991)『という2冊があります。その『教材づくりの発想』の中に 「本書は、前著および、のちに刊行される③の「教授行為」を中心に扱った『発問づくりの発想』とあわせて三部…

1297 探究

「教師の問は教師の問でありながら、同時に生徒の問である。夫れは生徒を代表しての教師の問である。反對に生徒は教師の問を自らの問とすることによって始めて答の探究へと向ふ。」 篠原助市(1938)『教育断想』p269 そう。 「問い」を子どものものにするため…

1293 子どもを「問える者」にする

青木幹勇(1966)は、『よい発問わるい発問』の中で、「発問を教師だけのものにしない」と題して、「子どもも発問者にする。教師も応答者の側に回る」と述べています。 子どもが教師の発問で動く受け身の学習ではなく、個別学習の時は自分自身に自問し、協働…

1211 ゆさぶり発問

「ゆさぶり」って何? 何のための「ゆさぶり」?

1066 湧き出るもの

低学年の子と暮らしていると、「問い」はつくるものというより、湧き出るものだということがよくわかります。 学びは遊び。 遊びは学び。 あーおもろい()