社会のタネ

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1463 発問の歴史を概観する⑤

◼️発問研究の進歩
 1970年代以降、日本の教育界では発問に関する研究が活発化し、特にその類型、方法論、構造に注目が集まりました。この時期の教授学の発展は発問論に大きく貢献し、発問の分類や作成方法、基本原理の点で重要な成果を生み出しました。
 宮坂義彦(1970)は、『教授学研究』の中で斎藤喜博の島小の実践を分析しながら「質問」と「発問」を区別しました。「質問」と「発問」を区別する必要性は吉本均等にも主張されるようになりました。そして、吉本均(1974)は、『訓育的教授の理論』の中で、限定発問(しぼる問いかけ)、「否定発問」(ゆさぶる問いかけ)、関連的発問(広げる問いかけ)の3つ類型をあげました。このような、機械的でなく機能に基づく類型化は、その後、80年代に入ってからの現場からの発問の理論化に大きな影響を与えました。

◼️発問の定石化と理論化
 1980年代に入ると、向山洋一の「教育技術法則化運動」が教育界で注目され、発問と指示が特に重要視されました。どのような発問をすれば子どもが動くのか、よい発問をつくるにはどうすればいいのか等が議論の中心となりました。そこから発問の定石化や理論化が進んでいきました。大森修(1985)『国語科発問の定石化』や根本正雄(1987)『体育科発問の定石化』などが発刊されました。社会科では、有田和正(1988)の『社会科発問の定石化』や西尾一(1989)の『社会科発問づくりの上達法』などが有名です。また、二杉孝司(1987)は『社会科教育No297』 (1987)の中で、「「子どもの考えるべき内容を示す機能」としてとらえたものが発問であり、「子どもが考え形態を示す機能」としてとらえたものが指示である。」とし、指示と発問を指導言の二つの機能としてとらえています。大西忠治(1988)は発問だけでなく、説明、助言、指示の重要性を強調しました。この時期に、授業実践にもとづく理論化が活発に行われるようになりました。
 また、落合幸子は1986年に『発展発問の効果に関する教育心理学的研究』を発表し、これは発問に関する日本初の学位論文となりました。落合は、実践に役立つ心理学研究を目指し、「効果的な発問とはどのような特質を持つのか」という問いに直面しました。

◼️学習方法の研究
 1990年代の日本の教育界では生活科の導入が始まり、2000年代に入ると総合的な学習の時間が設けられるようになりました。この時期は「指導よりも支援」を重視する教育方針が強く唱えられ、子どもの学習方法に対する理解を深める研究が進んだ時代でした。この背景の中で、発問に関する研究がただ単に行われることは、伝統的な一斉授業スタイルの維持につながるとの懸念が生じました。このような状況では、教師の役割は子どもの自発的な学びを促進する方向へと変化し、発問の使用もその目的に合わせて適応される必要があるとされました。

◼️これからの発問
 現代の教育界では、GIGAスクール構想の進展によりICTの利用が増加し、子どもたちの学習活動はより多様化しています。この変化に伴い、子ども自身が持つ「問い」を尊重し、それを効果的に引き出すための教師からの「発問」の役割がより重要視されています。子どもたちの自発的な思考や疑問を奨励し、彼らの学びの過程を支援することが、質の高い教育の提供に不可欠であると考えられています。
 この文脈で、教師の発問はただの情報伝達手段にとどまらず、子どもの内面的な疑問や探究心を刺激する重要なツールとして機能します。教師が効果的な発問を行うことによって、子どもが自らの思考を深め、学習内容により深く関わることが可能になります。また、多様な学習活動を取り入れた授業設計においても、発問は子どもの参加を促し、学習過程における自主性を高める役割を果たします。
 ICTの進展により教育方法が変化している現在でも、教師の発問への関心が低下することはありません。むしろ、子どもが自らの「問い」を持つことを奨励し、それを効果的に引き出すためには、教師が確かな発問技術を身につけていることが求められます。このように、教師の発問は子どもの学習を豊かにするための重要な要素として、今後も教育界で重要な役割を担い続けるでしょう。

 

〈参考文献〉

若林虎三郎, 白井毅編(1883 )『改正教授術』普及舎

谷本富(1894)『実用教育学及教授法』六盟館

槇山栄次(1898)「発問法に関する研究」(『教育実験界』第二巻、第三号に所収)育成会

育成会 編(1989)『発問法』同文館

樋口勘次郎(1882)『統合主義新教授法 復刻版』日本図書センター、p48

加藤末吉(1908)『教壇上の教師』良明堂書店

加藤末吉(1908)『教室内の児童』良明堂書店

及川平次(1912)『分団式動的教育法』弘学館書店

槇山栄次(1910)『教授法の新研究』目黒書店

篠原助市(1933)「『問』の本質と教育的意義」『教育学研究』第二巻

篠原助市(1940)『増訂 教育辞典』寶文館

豊田久亀(1988)『明治期発問論の研究ー授業成立の原点を探るー』ミネルヴァ書房

稲垣忠彦(1977)『明治教授理論史研究ー公教育教授定型の形成ー』評論社

谷本富(1973)『新教育講義  教育の名著2』玉川大学出版部

豊田ひさき(2007)『集団思考の授業づくりと発問力 理論変』明治図書

末吉悌次(1983)『集団学習の研究』教育出版センター 

石橋勝治(1947)『社会科指導の実際』明かるい学校社

今井誉次郎(1950)『農村社会科カリキュラム』牧書店

日比裕(1968)『考える子ども 7月号』「日生連による『日本社会の基本問題』の定式化」

二杉孝司(1980)『教科理論の探究』「問題解決学習と系統学習」東京大学教育内容研究

谷川彰英(1979)『社会科理論の批判と創造』明治図書

大森修(1985)『国語科発問の定石化』明治図書

根本正雄(1987)『体育科発問の定石化』明治図書

有田和正(1988)『社会科発問の定石化』明治図書

西尾一(1989)『社会科発問づくりの上達法』明治図書

二杉孝司(1987)「発問の分析も大切である」『社会科教育No297』明治図書

大西忠治(1988)『発問上達法−授業つくり上達法PART2−』民衆社

落合幸子(1986)『発展発問の効果に関する教育心理学的研究』風間書房