社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

1958 教科書にならなかった教科書

 「教科書にならなかった教科書」とは、1956年11月から1959年秋までの約3年間に渡って梅根悟と上田薫らによって編纂されたものです。文部省の検定に合格しなかったにもかかわらず、教育の方法と目的について貴重な洞察を提供するものでした。

 この教科書は、問題解決学習を促進することを目的としており、子どもにヒントと資料を提供して自ら問題解決に取り組む機会を与えていました。内容は、普通の教科書(12ページ程度)に比べて詳細で、一つの単元が約26ページに及ぶ充実したものでした。これにより、子どもは内容に没入しやすく、読んでいるうちに次第に疑問が湧き、自ら探究する動機付けがされる設計になっていました。具体的な内容とエピソードが豊富に盛り込まれ、リアルに描かれた事例を通じて、子どもが自ら追究を深めるきっかけを与えていました。

 また、各単元の終わりには「わたしたちの研究」という項目が設けられ、これは単なる付け足しではなく、むしろ社会科学習がそこから始まるという新しい学習の進め方を示唆していました。これは、学びを子どもの能動的な探究に基づくものと捉える教育観を反映しています。

 梅根と上田の教科書観は、戦後初の文部省著作社会科教科書『土地と人間』に基づいていました。この教科書観は、教科書の内容だけで教育が完結するものではなく、単に暗記させるものでもないという考え方に立脚しています。この教科書を子どもの参考書の一つとして扱い、より広い知識と理解の基盤を築くことを望んでいました。

 この「教科書にならなかった教科書」が示すのは、教育内容の深化と学習方法の革新に向けた試みです。検定に引っかかり、正式な教科書として採用されなかったとはいえ、その内容とアプローチは、現代の教育現場でも重要な示唆を与えるものです。学習者が能動的に関与し、自ら学びを深める機会を提供することの価値を、改めて考えさせられます。