社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

756 子どもが知的に動くように促す言葉

 
 
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「もっとしっかり洗いなさい」
「もっと早く洗いなさい」
あるお母さんの声がさっきから耳にとびこんできていた。
これでは、子どもは動かない。 町内から、キャンプに行った。飯ごう炊さんのあとで、子どもたちに鍋を洗わせた。小学一、二年生にとって、鍋のこげを取る仕事は、初めてのことであった。何度言っても、はかどらない姿を見て、担当のお母さんの声には、いらだ ちが見えていた。
「さあ、がんばって、時間がないから」 実は子どもたちの中に、私の娘もいた。 洗う姿を見た瞬間、私にはひらめいたものがあった。
次の言葉を発していた。 「お鍋を、ゴシゴシ洗う音が、ここまで聞こえてくるように洗ってごらん。」 さっきまでのおしゃべり声が、たわしの音に変わるのに数秒とかからなかった。 手の動きが、三倍ぐらい速くなった。 私は、言葉の効果に驚いた。うれしくなって、子どもたちに近づいていった。 「きれいになってきたね」
「でも、おじさん、底のところがとれないの」 おこげに挑戦するのが、さも楽しいといった口ぶりである。 一生懸命仕事をしている自分たちは、善い子なんだ。そんな顔つきに変わってきた。 その後、何度も、「おじさん、おじさん」と言って、鍋を見せに来た。 私まで、「善いおじさん」になっていくような気がした。 たった、ひとことで、その場の状況がまるで変わってしまった。
「しっかり洗いなさい」では動かない。
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岩下修(1989)『AさせたいならBと言え――心を動かす言葉の法則』明治図書、14-15 頁 より