社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

891 社会的な見方・考え方を働かせる

「社会的見方・考え方」を子どもが自ら「働かせる」ことが肝要になります。

「社会的な見方・考え方を働かせる」とは、空間的な視点、時間的な視点、社会システムの視点に着目し、比較や分類、関連付けたりしながら思考することで、社会的事象の様子や仕組みなどを捉える

ことです。

何に着目してどんな「問い」を設け、どのように考えるかということです。

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890 「・」の意味を考える

「社会的な見方や考え方」ではなく、「社会的な見方・考え方」です。そもそもなぜ「社会的な見方・考え方」は「や」ではなく「・」なのでしょう。

「・」は「、」ではなく、「・」なのでしょう。

「、」や「や」では「見方」と「考え方」がそれぞれ独立し、別々のものである感じがします。

「・」は、それぞれ独立的に捉えられるものでありながら、一体として用いられます。つまり、「見方」「考え方」は相関的に働き、育成されるものだと捉えることができます。

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886 戦後社会科を簡単に整理

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■戦後社会科と問題解決学習
「今後の教育、特に社会科は、民主主義社会の建設にふさわしい社会人を育て上げようとするつもりであるから、教師はわが国の伝統や国民生活の特質をよくわきまえていると同時に、民主主義社会とはいかなるものであるかということを、すなわち民主主義社会の基底に存する原理について十分な理解をもたなくてはならない」
これは、昭和22年5月に刊行された学習指導要領社会科編 Ⅰ(試案)に記されている社会科の目的の一つです。
戦後、終身、歴史、地理などの教科を廃止してそれらの内容を統合し、民主主義社会の建設という課題性をもって誕生したものが社会科という教科でした。
昭和26年7月に刊行された学習指導要領社会科編 Ⅰ(試案)には次のように記されています。
「社会生活を児童の現実的な生活から切り離し、いわばかれらから離れて向こうにあるものとして、その必要や関心の有無にかかわらず、断片的に学習させ、社会に関する知識を持たせるというようないき方をとらずに、かれらが実生活の中で直面する問題を取り上げて、それを自主的に究明をしていくことを学習の方法とすることが望ましいと考えられる。」
 ここに、問題解決学習を基本的性格とすることが明確に記されています。
 つまり、戦後社会科は、民主社会に生きる人間の資質・能力を育てる市民教育というねらいをもち、カリキュラム構造としては、統合社会科という性格を有していました。また、学習方法論としては、問題解決学習を前面に打ち出して出発しました。
 
■なすことによって学ぶ経験主義教育
 戦後社会科の実践と研究の実態は、デューイに代表される経験主義の教育を中心としていました。社会科授業を支えていた理念は、「なすことによって学ぶ」でした。「ごっこ活動」「見学・調査活動」「グループ活動」等の活動主義の教育は、戦後の新教育を盛り上げ、多くの教師の興味と関心を引きつけました。
 しかし、「活動あって学習なし」と批判される実践が多かったというのが現実でした。
そうして、昭和20年代半ばから後期にかけて、社会科を中心とする戦後の新教育への批判が生まれていきました。矢川徳光(1950)は、『新教育への批判』の中で、社会科の実践を「はいまわる経験主義」「はいまわる社会科学習」といい切りました。「なすこと」が目的とされ、「学ぶ」ことが欠如していた学習に対する指摘でした。
 
■問題解決学習から系統学習へ
 昭和30年、33年と行った学習指導要領の改訂では、戦後社会科の整理を試みました。その特徴の一つは、系統性の強調で、子どもの発達段階に応じて内容の系統性を確保しようとしました。「問題解決学習」から「系統学習」という主張が広く使われるようになりました。
昭和33年度(1958年)改訂学習指導要領では、内容中心主義になっていきました。子どもが主体的に学ぶ社会科から、多くの内容をつめこむ社会科授業へと変化していきました。この膨大な教育内容を整理し、必要なものを構造的に捉えさせたいという現場からの要請に応じて提示されたのが山口康助の『社会科指導内容の構造化』でした。

885 戦後の子ども研究

子ども研究として重要な一冊が、『現場の児童研究』です。

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本研究の対象となったのは、終戦前後に生まれた子どもたちで、衣食住にも事欠いている状態でした。
ただ、子どもたちは、自由に子ども自身の世界にひたりきっていました。
だからこそ、子どもたちのありのままの姿をリアルに事例として取り上げることができました。
復刻版の序文には、次のように記されています。
「私達の研究は、子どもの育ちの中味を可能な限り深く、細かくつかまえて、何がどう変わるのかが知りたくて、つきつめていこうとしたものである。『子どもとは何か』とは、子どもは『どう変わるのか(どう育つのか)』と言うことにほかならないからである。その道筋の見当つきができれば、育ちの一歩先が読め、教育として打つ手を一歩確かにできるとしていたのである。」
 このような考えのもと、各学年の発達の特性、個人事例、各学年の学級経営の吟味がなされているのが本書です。
 初版が1956年、復刻版が1999年、その間43年。40年以上前の子どもの研究が今日の子どもに当てはまるだろうかという心配もあったようです。それからまた20年以上時を経た現在ではどうでしょうか。当然、時代背景は大きく違います。しかし、多くの事例をもって吟味、検討し、子どもを理解しようとすることに関しては、今と変わらない不易の方法だと感じています。
 
〈参考文献〉
重松鷹泰・滋賀県八日市小学校(初版1956復刻版1999)『現場の児童研究』明治図書(初版)、海青社(復刻版)

884 内からの理解

表面上に表れる事実だけが真実ではない。その子の内面(その子の世界)に近づく必要がある。平野(1994)は、「内からの理解」が必要だと主張し、次のように述べている。

「内からの理解は、その人になったつもりで、その人と同じ立場に立ってその気持ちを理解するということである。つまり、それによって、その人の知識や技能あるいは行動に出会うのではなく、心に出会うのである。この理解は、いわゆる共感的理解と同義である。」

 また、理解する側の単なる当て推量にしないようにする必要条件を次のように記している。

・その人の言動およびその人をとりまく諸条件についての様々な事実を、調査、観察、面接などによって知り、その人の置かれている立場をより正確にとらえること

 もちろん、その子自身になりきることはできない。だからこそ、子どもに対して共感的に敬意をもって接し、様々な方法をもって子どもを理解しようとする態度が必要になる。

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883 子どもを見取るための教師の働きかけ

見取るための教師の働きかけが重要だと考えられる。

・問いかける

・訊く

・促す

・環境を整える

・調査する

・観察する

・面接する

・傾聴する

 子どもをさぐろうとする教師の構えが必要となる。それがあるからこそ子どもの姿や学びの事実に目が留まるようになる。

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882 子どもの見取り方

子どもの思考や感情は子どもの内面の動きなので目には見えません。

外面に表れた事実を根拠としなければなりません。

例えば、

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などが考えられます。

 

例えば、しぐさにしても、次のようなことが考えられます。

・首をかしげる(疑問に感じる)

・目を開く(思いつく)

・宙を仰ぐ(考え込む)

・にっこり微笑む(満足する)

・ため息をつく(落胆する)

・うなずく(納得する)

次のような子どもの行動からも読み取れるものはある。

・一気に書く(熱中している)

・独り言を言う(考え込んでいる)

・「え!?」と声が出る(驚いている)

・訊いてくる(興味をもっている)

・ものをもってくる(関心がある)

 

これらの事実や子どもの姿を活動との関わりから見取ろうとすることが、少しずつ子どもの真実に近づいていくことになります。