社会のタネ

社会科を中心に、アートや旅の話などもあれこれと。

1252 カルテに関する実践

 数多くの実践者達がカルテの実践を行ってきました。それが記されている箇所をいくつか紹介します。


◼️杉田勝彦・南晴美(1975)『カルテの生きる授業(算数を中心に)』黎明書房 帯部分
 カルテは、学籍簿でも通知表でも身上調査書でもない。それは、学校生活の中にあらわれた子どもたちの変化を子どもたち一人ひとりの心の奥底までえぐり出す長期にわたる記録である。
 カルテを書くことにより、初めて子どもたち一人ひとりの弱さ、強さ、悩み、喜びの本当の姿が見えてくるに違いない。そして、それは、教師と子どもたちの深いふれあいを生み、子どもたちの成長を引き出すであろう。「カルテの生きる授業」とは、そうしたあたりまえの授業のことである。

◼️帝塚山学園授業研究所(1978)『授業分析の理論』明治図書P23
「カルテ」は医者のカルテと同じようなものであり、子どもひとりひとりを理解する手がかりを一枚の用紙に記入し、また記入していくものである。「座席表」とは単なる氏名のみを記した座席表ではなく、氏名のところに特に授業と関係の深い事項についての子どもの疑問や考え方を記入し、また記入していくものである。
 「カルテ」と「座席表」は授業を含みこんだ子どもの生活全体の生きた姿、動きつつある姿を動的に、鋭角的直観的に把握しようとするものである。したがってその目ざすところは、子どもひとりひとりの個性的かつ全体的なあり方をとらえようとすることであり、その点で個性的思考の把握という課題を深く内に保持しているわけである。

◼️社会科の初志をつらぬく会編(1983)『社会科に魅力と迫力を』明治図書P18
 子どもごとにカルテをつくり、授業ごとに座席表を書くということは、どの教科の授業でもたいせつですが、とくに社会科では欠くことのできないものです。ふだんからそれをしている教師とそのことに無関心な教師とでは、授業の奥行きがちがいます。厚みが異なります。相撲にたとえれば、土俵いっぱい走り回ってただ勝てばいいんだろうというふうな素人相撲と、眼に見えぬところにすばらしい配慮が埋めこまれ、底力がしぜんにみなぎってきて、土俵が何十倍も大きく立体的になるような幕内の相撲、それくらいの差があるのです。

◼️上田薫・水戸貴志代・森長代(1974)『カルテを生かす社会科―教師の人間理解の深化―』国土社P17
 カルテは子どもをとらえるためのたんなる技術的なものではない。それは教育観また人間観に深くかかわるものである。すなわち、人間を動的に立体的にとらえることから必然的に生まれるものである。しかも人間の思考のありかたを、想像や忘却の特質をもっとも人間的に位置づけ生かす性質をもつものである。

◼️社会科の初志をつらぬく会(1988)『個を育てる社会科指導』黎明書房P141
 カルテは愛情の発露である。カルテは人に接する時にゆとりと思いやりを生むものである。