「豊かな判断⼒」を獲得するためには、判断、選択、決定の活動が必要となります。我々⼈間は、⽇々判断し、選択し、決定することの繰り返しだと⾔えます。「今⽇は疲れたなぁ。温泉にでも⼊って疲れを癒そう。どこの温泉へ⾏こうかな…。⾞で運転するのも遠くて値段の安いA温泉より、今⽇は近くても⾼いB温泉にいこうかな」といった感じです。⽇々、様々な条件や状態の中からベスト、もしくはベターだと思う決定をしています。
しかし、社会科における「豊かな判断⼒」を育成するためには、何でもかんでも判断、選択、決定すればいいということではありません。
そこでまず今回は「豊かな判断⼒」を養うために有効な「構想型授業」を中⼼に述べていきます。
- 「構想型授業」を仕組む
「構想型授業」=「上質な思考(考察)をすることで汎⽤性の⾼い概念的知識を獲得し、獲得した概念的知識を活⽤しながらより豊かな判断(構想)ができる授業」と定義します。つまり、「汎⽤性の⾼い概念的知識」の獲得がまず前提条件としてあります。今回の授業提案としてのポイントは2つです。
- 第5学年社会科「工業生産と工業地域」
今回は1時間単位の授業提案ではなく、1単元ごっそりの授業提案です。社会科は、単元を通してどのような概念を獲得させるのかを考えることが⼤切です。⼤きく俯瞰しながら授業を組み⽴てていく意識をもちたいものです。
この⼩単元はややもすれば、太平洋ベルトや⼯業の特徴など、知識を教えるだけの内容となりがちです。そうならないようにするためにも、「構想型授業」を⾏う単元構成にしました。
上図が単元構造図となります。「構想型授業」の中⼼である「①汎⽤性の⾼い概念的知識の獲得」「②より豊かな判断」の場⾯を中⼼に述べていきます。
【第2時】
教科書に掲載されている表などから⽇本の⼯業の特徴を捉えさせます。
C「昔は繊維⼯業がさかんだ」
C「今は機械⼯業がさかんだね」
C「ほとんどが中⼩⼯場が占めている」
C「⼯業⽣産額の半分以上は⼤⼯場なんだ」
T「様々な⼯業があるのですね。さて、突然ですが、あなたが⾃動⾞会社の社⻑ならこの地図のどこに⾃動⾞⼯場を建てますか?」
⼯場⽴地ワークシートを配付します。
(『社会科授業がどんどん楽しくなる仕掛け術』佐々木潤(明治図書)2016)参照
プリント内のA∼Fから⽴地場所を選ばせ、なぜそこに決定したのか理由を書かます。1度⽬の判断をする場⾯です。ここでは、既有知識から⾃分なりの根拠をもって⾃由に決定させることを⼤切にします。その後グループで話し合わせ、それぞれの考えや⾒⽅を共有します。
そもそも、⼦どもたちはこのような「⾃分で選ぶ」という活動を好みます。楽しんで活動する姿が期待されます。しかし、この時点での選択・判断は直感的です。
【第4時】
さて、⼦どもたちは【第3時】で、⽇本の太平洋側に⼯場が多い理由を⼈⼯や⽴地場所、輸送⾯から理解しています。この【第4時】では、得た概念をさらに豊かにしていきます。
海沿い以外にある⼯業都市に気づかせ、疑問を発表させる。さまざまな⼯業都市があるが、内陸で発達している「⻑野県松本市」に焦点をあてます。
C「あれ、海沿いじゃない⼯業都市もあるよ」
C「輸送に困らないのかな」
C「とても不便そうだね」
C「何がつくられているのかが知りたいな」
既習事項との「ズレ」から「問い」を引き出し、問題意識をもたせます。
C 「ICは軽く運びやすいので内陸でも⼤丈夫なんだね」
C 「⾼速道路や空港があるから運びやすいね」
C 「⿂や野菜は⾶⾏機で運ばれることは少なかったけど、ICは⼩さいから運びやすいのか」
ICチップの実物を⾒せることでICの⼩ささや軽さを理解させ、輸送に便利だということに気づかせる。また、⾼速道路や空港、⼤きな川の存在に気づかせるために、松本市周辺の地図を⾒せる。
T「それなら別に海沿いで⽣産してもいいのではないですか」
ゆさぶることで、内陸の⾃然条件のよさに⽬を向けさせる。
C「内陸で⽣産するよさがあるんだね」
C「ICはほこりに弱いから空気がきれいな内陸で⽣産されているんだ」
C「ICの洗浄をするために⽔が豊富な場所が適しているんだね」
C「海岸のように潮⾵がないのでさびにくいんだね」
松本市の写真を⾒せ、空気がきれいで⾃然豊かな場所での⽣産が適していることを考えさせる。
C「⾃然を⽣かしているという視点は海津市や沖縄、農業の時にも学習したね」
C「⼯業にも⾃然条件が⽣かされているのは意外だったな」
これら⾃然条件の利⽤については以前に学習しています。例えば、低い⼟地やあたたかい⼟地のくらしの事例を通して「⼈は地形や気候などの⾃然条件に合わせて⼯夫した⽣活をしている」という⾒⽅を得ています。
農業でも、⽔産業でも、そして⼯業においてもつながりがあることを実感させるのです。このように、課題の解決に向けて知識や概念が繰り返し活⽤されていくことで、汎⽤性の⾼い概念的知識が豊かになると考えます。
【第5時】
第2時で配布した⼯場⽴地プリントを再度配布します。2度⽬の判断の場⾯です。
T「再度、あなたが⼯場を建てるとしたら、何の⼯場をどこに建てますか?」
⼯業⽣産も⾃然条件を⽣かしているという新しい⾒⽅を得ることができたので、ここでの判断の仕⽅は前回とは⼤きく変わります。
⼦どもたちは、⾃然条件の他、様々な条件を加味して考えるようになります。それぞれの考えをペアやグループで交流したり、全体でシェアしたりすることによって物事を多⾯的に⾒ることもできます。
1度⽬の判断と、2度⽬の判断を⽐較させ、⾃分の判断が豊かになり、⾒⽅が深まっていることを実感させることが⼤切です。
実は、⼦どもたちに最初に⽴地場所を判断させた時、Aに⼯場を建てると判断した⼦がほとんどいませんでいた。2度⽬の判断の時はAを選択する⼦がけっこういました。⼭と川という⾃然条件を利⽤しようという意⾒でした。また、その他の場所でも社会的条件でなく、⾃然条件を加味して判断する⼦が増えました。考察することで得た概念的知識を使って判断するからこそ豊かな判断になるのです。
ですから、常⽇頃から、多くの概念を獲得させ、その概念同⼠を結びつける活動を仕組むことが⼤切なのです。
- 授業の「深さ」
さて、今回授業で扱った松本市。ICが松本市で発達した理由、他にもあるのです。何だと思いますか?
上図のように⼤きく①∼⑦まであるのです。歴史的な視点など、おもしろいですよね。そういった所まで授業に⼊れていくと深さも増すでしょう。ただ、今回は④⑤⑥に絞りました。交通と⾃然ですね。1時間の中でどの情報をどれだけ⼦どもたちに与えるのか、どれだけ考えさせるのか、これを決めることが⼤切です。どの視点をもって社会的事象を⾒出すのかということです。社会的⾒⽅を働かせるということですね。
- 「構想型授業」のよさ
①豊かな対話がうまれる ②「その子らしさ」がみえる
「構想型授業」のよさは他にもあります。
例えば、
①豊かな対話がうまれる
②「その⼦らしさ」がみえる
などが挙げられます。
豊かな判断を更に豊かにするために、対話があります。つまり、判断するということは対話を促すということになります。⾃分が判断して決定したら他の⼈はどんな判断したのか気になりませんか。⾃分の判断と⽐べたくなりますよね。だから⾃然と対話が⽣まれます。
そして、判断の中には「その⼦らしさ」がよく⾒えてきます。その⼦の「こだわり」やその⼦の「経験」などがもろに出てきます。例えば「⼭の⽅は⽊がたくさん⽣えているので和紙を作るのに適している」と書いていた⼦は、きっと和紙作りを体験した⼦なのでしょう。体験したことだけでなく、「近くの川の⽔を⽣かします」は⾃然環境を⽣かすという概念が⼊っています。そういう⽣きた感覚がいいですよね。本⾳がでたり、願望がでたり…。⾃分の既有知識や経験と結びつけることで有意味学習につながるのではないでしょうか。そのような、「その⼦らしさ」が表れた⽣の声をごっそり受け⽌められる学級づくりをしていくことが不可⽋であることは⾔うまでもありません。