社会のタネ

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2114 「ずれ」について

 8/24日の姫路の学習会で、「ずれ」という言葉が教育の中でいつから、誰によって使われ始めたのかというご質問をいただきました。さまざまな文献を調査しましたが、「ずれ」という言葉が教育現場で使用され始めた正確な時期や、特定の人物を特定するのは難しいことが分かりました。これは、「ずれ」が特定の理論家や教育者によって体系的に導入された言葉ではなく、教育現場での経験や試行錯誤の中で徐々に広がった可能性が高いからです。
 特に20世紀後半から21世紀初頭にかけて、個別指導や適応指導が重視され始め、子どもたちの学びの多様性や個別のニーズが認識されるようになった時期に、「ずれ」という概念が教育現場で注目されるようになったと考えられます。この時期には、教育心理学や授業研究の中で、子どもの理解と教師の指導の間に生じる「ずれ」が重要な課題として認識され、その「ずれ」をどのように解消し、より良い学習結果を生み出すかが議論されました。こうした背景の中で、「ずれ」という言葉が教育現場で使われ始め、広がっていったと考えられます。
 現在、「ずれ」という言葉は、主に考え方や認識の違いを指す教育用語として広く用いられています。たとえば、教師と子どもの間で認識の「ずれ」が生じる場合や、指導方針と子どもの理解の「ずれ」が教育課題として取り上げられることが一般的です。この「ずれ」は、教師と子どもの間に存在する認識のギャップや、指導の意図と子どもの受け取り方の不一致として捉えられることが多いです。
 さらに、現在の教育における「ずれ」の活用は、「疑問」や「問題」が生まれる関係性としても扱われています。具体的には、①予想と事実の「ずれ」、②認識と事実の「ずれ」、③子ども同士の考えや解釈の「ずれ」などが挙げられます。これらの「ずれ」が発生することで、子どもにとっての新たな気づきや理解が促進されることが期待されています。
 また、「ずれ」は「変化」「違い」「数量」「意外性」などの形で現れます。子どもたちがこれらの「ずれ」を感じると、「あれ、おかしいな?」という矛盾、驚き、困惑を体験することになります。この体験が、子どもたちの中に「確かめたい」「何とかしたい」「解決したい」といった知的好奇心や追究心を引き出すきっかけとなります。こうしたプロセスを通じて、学習の場では、子どもたちが主体的に疑問を持ち、自ら問題解決に取り組む力が育まれると考えます。
 このように、「ずれ」は単なる認識のギャップを超えて、子どもの知的好奇心を刺激し、深い学びや創造的な思考を引き出すための重要な要素として位置付けられそうです。

 一方で、教育学研究者の上田薫は、「ずれ」という概念をより深く、実践的な視点から捉えました。上田は1973年に『「ずれ」による創造 人間のための教育』を出版し、その中で「ずれ」の概念を詳細に論じていますが、その考え方の初出は1964年の『教育哲学の新生 経験主義とその周辺』に見られます。上田の「ずれ」に対するアプローチは、単なる認識の「ずれ」にとどまらず、教育の実践における非常に重要な要素として位置付けられています。
 上田の「ずれ」の捉え方の本質は、「ずれ」が単なる認識の違いや誤解ではなく、実践的な問題解決のプロセスで重要な役割を果たすものであるという点にあります。上田は、「ずれ」が生じるのは、目標が果たして実現されたかどうか、その結果に対する厳密な評価が行われる過程においてだと述べています。つまり、「ずれ」は教育実践における結果を評価するための重要なフィードバックとして機能します。教師や教育者がその「ずれ」を認識することで、それに基づいた指導や教育内容の調整が可能となります。このプロセスを通じて、より良い教育成果を追求することができるのです。
 さらに、上田は「ずれ」を「動的調和」と関連付けて捉えています。教育現場における完全な調和を追求するのではなく、常に「ずれ」が存在することを前提に、その「ずれ」を意識的に扱いながら実践を進めることで、教育の質を高めていくという考え方です。「ずれ」は単に解消されるべきものではなく、むしろ創造的なプロセスを促進する要素として重要視されます。上田の視点では、「ずれ」が存在するからこそ、教育者は新たなアプローチを模索し、自己を変革し、教育実践を進化させる機会が生まれるのです。
 また、上田の「ずれ」の概念は、量的には少しの違いであっても、質的には無限の差を生み出すものであるとされています。教育実践におけるわずかな「ずれ」が、最終的な成果や子どもの成長に大きな影響を与える可能性があるため、その「ずれ」を軽視せず、むしろ積極的に取り組むべきだという主張が含まれています。
このように、上田の「ずれ」の捉え方は、現代の「ずれ」とは質的に異なり、教育の実践の中で生じる動的で創造的なプロセスとして捉えられています。「ずれ」は、教育者が結果を改善し、未来を創造するための鍵であり、その過程で自己が成長し、変化を遂げる原動力なのです。上田の視点では、「ずれ」こそが教育実践の核心にあり、教育の進歩と深化に不可欠な要素であるとされています。この点で、上田の「ずれ」の捉え方は、教育における単なる認識の「ずれ」とは一線を画し、教育における極めて実践的で創造的な概念としての意義を持っています。